「急所を一発で仕留める」おいしいジビエにつながる狩猟のこだわり
古くから漁業のまちとして栄えてきた岩手県大槌町。川を介して海に養分を注ぎ、豊かな漁場をつくってきた山と森はいま、良質なシカの産地として注目を集めています。兼澤さんはシカの生息地のひとつ、新山高原に向かう山道で神社に立ち寄り、猟の安全を祈願します。東日本大震災をきっかけに帰郷し、農作物被害を和らげるためにシカの狩猟を始めて10年以上、いまも変わらぬ猟師の習慣です。
新山高原に到着した兼澤さんはシカの痕跡を探し始めます。足跡やふん、寝転んだ際にできた草原のくぼみ……。「秋めいてきたこの時期はシカの繁殖期。オスが通った道には発情期特有のにおいが漂っています。五感を研ぎ澄ませてシカの居所を探り当てていきます」。兼澤さんは草木がまばらな開けた場所で足を止めます。およそ100m離れた川べりに1頭のシカが佇んでいます。気配を感じ取られまいと、兼澤さんは素早く肩にかけた猟銃をおろし射撃体勢に入ります。のどかな雰囲気が一変、高原に緊張が走ります。
「パンッ」という発砲音が轟いたのは一瞬の出来事。兼澤さんは弾が命中したことを確認し、横たわるシカのもとに向かいます。「銃猟ではシカのストレスを極限まで抑えるため、頭や首の急所を一発で仕留めます。おいしいジビエは捕獲技術の優れた猟師がいてこそつくれると考えています」。シカがジビエに適していると判断した兼澤さんは、その場で速やかに血抜きを行います。
『MOMIJI』は、独自のガイドライン「MOMIJIクオリティ」で血抜き度合、年齢・性別に応じた個体の選別、捕獲から搬入・解体までの所要時間などを厳格にルール付けしています。気温が15℃以上の場合は捕獲個体を冷やすための氷が必須です。すべてはおいしく安全なジビエをつくるため。兼澤さんをはじめとした約60名の契約ハンターは、シカの品質を保ちながら迅速に工場まで運びます。
『大槌鹿』の多様なおいしさを生み出す真新しいジビエ処理施設
『MOMIJI』の工場は山々を望む港町にあります。兼澤さんがたった1人でつくり始めたジビエは料理人のあいだで評判になり、全国の飲食店から寄せられる注文に応えるため、2023年に新工場を開設。より衛生的にジビエをつくる施設環境の構築にも力を入れ、2024年には東北初の国産ジビエ認証施設になりました。
搬入されたシカは、洗浄、剝皮、内臓摘出、電解水殺菌などを経て熟成工程に入ります。死後硬直を解いて肉を柔らかくするため、最低でも1日、大型個体は10日近くかけて理想の肉質を追求します。「大槌町のシカは木の実、太平洋から吹きつける偏西風によってミネラル豊富に育つ山野草など、さまざまな食物を食べて成長します。日本各地に生息するニホンジカと比べて大型の体躯で、しなやかな肉質が特徴です。その上質なシカを捕獲から解体まで丁寧かつ迅速に行い、個体に合わせて熟成することで、旨味が濃くクセを抑えた『大槌鹿』に仕上げています」(兼澤さん)
『MOMIJI』独自の試みとして、ジビエのランク分けを行っています。「MOMIJIプレミアム」は若齢のシカを対象に、捕獲方法や搬入時間などの厳しい基準をクリアした、『MOMIJI』が誇るフラッグシップジビエです。やわらかな肉質でジビエ特有のにおいを抑えた、まさに最上ランクの味わいですが、兼澤さんはランク分けの意外な反響を口にします。「ジビエ通の料理人には、5歳以上のシカを使った弾力がある肉質の『MOMIJIレギュラー』が好評なんです。ご要望があればつくりたい料理に適したランクや部位、その日のとびきり肉を紹介します。ビギナーの方もぜひご相談ください」と笑顔で話します。
ジビエづくりが100年続くように……。「出る杭」の挑戦は終わらない
岩手県初のジビエ処理施設、東北初の国産ジビエ認証施設と、前人未踏の道を突き進んできた兼澤さん。「害獣と呼ばれていたシカを『まちの財産』へと昇華させる取組は、その想いに共感する仲間・猟師たちのおかげで一歩一歩前進しています」と話し、ジビエづくりの輪がさらに広がるように兼澤さんが中心となり「岩手ハンター育成プロジェクト」を実施しています。
「ジビエづくりを100年後も続く事業にしたい」という目標を実現するには、“ジビエをつくる人”だけでなく“ジビエを調理する人・食す人”がいなければなりません。「初めてジビエを食べる人には、モモやロースの塩焼きをおすすめしています。塩焼きはシンプルゆえにごまかしがききません。『MOMIJI』のジビエは、捕獲から解体、熟成、加工まで、厳格なルールと確固たる信念のもとつくり上げた自信作。きっと『おいしい』と感じていただけるはずです」と兼澤さんは自信を見せます。
『MOMIJI』が気鋭のジビエ処理施設として知られるようになったいま、大槌町には全国の料理人が訪れています。ジビエ処理施設見学のほか、大槌町の豊かな自然や狩猟を体感する「大槌ジビエツーリズム」を開催。兼澤さんはジビエの背景にある“ストーリー”を知ることの大切さを伝えます。「シカを育む自然の偉大さ、命をいただく狩猟の緊張感など、ジビエづくりには自分の目で見なければわからないことがたくさんあります。料理人の皆さんには、大槌町でのひとときを通して私たちの想いやこだわりを感じていただけたらうれしいです」 新山高原から望む絶景のように、『MOMIJI』が描く夢は果てしなく広がっています。
